農家の人たちが丹精込めて育てた野菜や果物が、警戒の薄い夜間などを狙って勝手に収穫され持ち去られる被害が相次いでいます。そうした農作物の盗難被害は今に始まった話ではなく、昔から「野菜泥棒」などと呼ばれて問題となっていました。
2000年代なかば頃からは明らかにプロの仕業と見られる組織的な盗難の例が目立つようになり、手口も年々巧妙になってきています。毎年9月から11月にかけてのシーズンは多くの農作物で収穫期に当たるだけに、そうした盗難被害も増加傾向です。
2020年はコロナ禍による生活苦の影響や天候不順の影響もあって、7月頃から被害が多発しました。転売で収益を上げるのが目的と見られる農作物盗難の実態について、被害を防ぐための対策と合わせて解説していきます。
農産物盗難の現状
米や野菜・果物などの農作物を栽培している農家にとって、イノシシやシカ・クマ・カラスなど田や畑を荒らすの害獣・害鳥対策は頭の痛い問題です。農作物の味を覚えてしまったそれらの動物や鳥類だけでなく、最近は人間も油断がなりません。
面積が広い農地はどうしても警戒が行き届かない個所が多いだけに、無人となる夜間は盗難被害のリスクが高くなります。昔からあった野菜泥棒の手口も近年は巧妙化しており、一夜にして大量の野菜や果物が畑からこつ然と姿を消すような被害が相次ぐようになりました。
そうした組織的な農作物の盗難被害が目立つようになったのは2000年代の前半頃からですが、コロナ禍に席巻された2020年は例年より被害が増えているような気がしてなりません。今年に入って発生した農作物盗難事件で、主な被害は以下の通りです。
- 7月下旬に山梨県甲州市で収穫前の桃が合わせて約4,000個盗まれる被害が4件発生
- 愛知県犬山市の果樹園でも6月下旬以降に桃が盗まれる被害が続発
- 6月29日に山形県東根市の果樹園で収穫間近のサクランボ約150キロが盗まれる
- 6月9日は同じ山形県の山辺町の畑でもサクランボの高級品種・佐藤錦約10キロが盗まれていた
- 8月から9月にかけて埼玉県内の農園で合わせて約5,000個の梨が盗まれる
- 同時期には隣接する群馬県内の農園でも合計1,700個の梨が盗まれていた
- 8月末から9月上旬にかけて長野県内の農園でブドウの高級品種シャインマスカットや巨峰の盗難が相次ぐ
- 8月には山梨市や南アルプス市など山梨県内の農園でも高級品種のブドウ盗難が相次いでいた
- 7月下旬に北海道厚沢部町の農業用ハウスで出荷間近のメロン約200個が盗まれる
- 7月から9月にかけて北海道砂川市の農園からミニトマトが盗まれる
夏場を中心とした時期のせいか果物の盗難被害が目立ちますが、近隣の地域で被害が続く傾向も見られます。地理的に近いエリア内で似たような高級品種の果物が相次いだケースは、同一犯の犯行と見るのが妥当です。北海道砂川市でミニトマトが盗まれた農家では2018年頃から毎年被害に遭っており、警戒の緩い同じ農家が集中的に狙われている様子も見て取れます。
天候不順による価格高騰も一因か
過去にもあった農作物の盗難被害が2020年に入ってこれだけ多発しているのは、新型コロナウイルスの影響で生活苦に陥っている人が増えている事情とも無関係ではありません。一連の被害例では果物の収穫方法を熟知した者による犯行も目につき、夜間など限られた時間で効率的に盗み出されているのです。
農作物の収穫に慣れた人物が他の農園から作物を勝手に収穫しているとすれば、コロナ禍で販売不振に陥った末に高級品種ばかり狙って窃盗に及んだ農家が犯人像の1つとして想定されます。コロナの影響で窮地に直面しているのは観光業界や飲食業界だけではなく、それらの業界に農作物を販売している農家にまで及んでいるのです。
犯人像は必ずしも専業農家とは限らず、農業バイトの仕事を経験したことのある人なら収穫の仕方も心得ています。他の業界で働いていてコロナの影響から仕事がなくなり、経験を悪用して農作物の窃盗に手を出す人がいたとしても不思議ではありません。
コロナ禍に加えて7月以降は全国的に天候不順や猛暑が続き、野菜や果物の価格が高騰したのも盗難が相次いだ一因と考えられます。7月は梅雨前線が停滞した影響で記録的な長雨が続き、野菜価格が高値で推移しました。8月以降は一転して猛暑になり、果物を含む農作物の価格は安定しなかったものと見られます。
過去にも天候不順や台風などの影響から野菜や果物の価格が値上がりしたタイミングで、高く売れやすい農作物が狙われるという被害がありました。コロナ禍の影響に天候不順による価格高騰という条件が加わった結果、例年と比べても農作物の盗難が増えてしまったのです。
盗難が相次ぐ背景に転売ルートの存在
盗んだ農作物で高収益を得るには、高値で転売できる販売ルートが欠かせません。収穫された野菜や果物が消費者の手に渡るまでには、通常だと複数の業者が間に入って商品を流通させています。最も典型的な流通ルートは農家が収穫物をJAに販売し、JAから青果卸売市場を経てスーパーなどの小売店で販売されるというパターンです。
最近はJAや青果卸売市場を経ずに、道の駅や直売所で農作物を販売する農家も増えています。ネットショップやメルカリなど、インターネットを通じて野菜や果物を販売している人も少なくありません。農作物の販売ルートがこれだけ多様化してくると、他人の畑から勝手に収穫して盗み出した野菜や果物の転売先も事欠かないというわけです。
全国に数ある青果卸売市場の中には、一般の個人でも農作物を競りにかけて売買できるところが存在します。農産物直売所やインターネットを介して販売されるケースも含め、消費者からすれば盗品かどうかの見分けがつきません。不正な手段で入手した農作物であっても転売が可能な流通ルートが複数存在するからこそ、警戒の手薄な畑を狙って高値で売れる果物や野菜を盗み出そうとする輩も跡を絶たないのです。
自分で収穫した野菜や山菜を売る方法については、以下の記事でも取り上げています。
盗難を防ぐ対策
全国各地で農作物の盗難が相次ぐ事態を受けて自治体や農家でも対策に乗り出していますが、解決に至ったのは被害全体のわずか10%程度に過ぎません。被害が発生した場所としてはビニールハウスや倉庫・作業場などもそれぞれ数%ずつ含まれるとは言え、盗難場所が判明している事例の大半が畑や果樹園などの「圃場」でした。
害獣による食害に悩まされている地域では農地を電気柵で囲ったりして侵入対策を講じているとは言え、広大な農地の全域にわたって侵入を防ぐのは容易でありません。人間の侵入を防ぐのも同様に困難な面はありますが、最近はセンサーライト付きの防犯カメラを設置したりして対策が進んでいます。被害が集中する夜間は警察や地域住民の協力を得てパトロールによる警戒を実施している地域も多く、防犯カメラの設置と合わせて一定の効果を得ている状況です。
そうした対策も全国に数え切れないほど存在する畑や農園のすべてをカバーし切れてはいないため、どうしても警戒が緩い農地が出てきます。今年も相次いだ盗難の被害はセキュリティの弱い農地が狙われた結果とも言えますので、現在はまだ被害が出ていない地域でも油断はなりません。
農作物盗難の実態まとめ
コロナ禍による生活苦や天候不順の影響もあるにせよ、農家が手間ひまかけて育てた野菜や果物を勝手に収穫して持ち去る行為が許されるはずはありません。農作物の盗難が相次いでいる背景には、盗んだ野菜や果物を簡単に売りさばける転売ルートの存在があります。
そうした行為は小売店で本やゲームソフトなどを万引し、リサイクルショップで売って現金に換えるのと変わりない犯罪です。厳しい監視の目をくぐり抜ける必要がある小売店と比べ、広大な農地は警備が行き届かず夜間は無人となります。そこに目をつけられて盗難が相次いでいるわけですが、被害に遭った農家の側でも手をこまねいてばかりいるわけではありません。最新テクノロジーと人海戦術を併用しながら、倉庫や店舗並みの盗難対策を実施している農地も増えつつあります。
転売も合法的な範囲であれば副業になり得る稼ぎ方ですが、農作物に限らず窃盗で商品を仕入れるのはご法度です。最初はバレずにうまくいったとしても、調子に乗って盗品の転売を繰り返すうちにはいずれ足がつくようになります。
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